飲んで楽しむ中国茶も最初は薬だった…という話

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こんにちは
中国茶礼讃へようこそ。
管理人の篠塚です。

今回の記事では、お茶の歴史についてとても簡単にご紹介しましょう。

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すべてのお茶は中国茶に通ず

すべての道はローマに通ず

ということわざがあります。

コトバンクには次のような解説があります。

<意味>

各地からの街道はすべてローマに通じている。転じて、出発点や手段は違っていても目的が同じなら、同じ場所や結論に達することのたとえ、また、真理は一つであるというたとえ。

<由来>

17世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌの「寓話」に出て来ることばから。魂の救済を願う三人の人物が、同じ目標に向かいながらも、それぞれ裁判官と病院長と隠者という異なる道を選んだことを、「すべての道はローマに通ず」と表現しています。なお、もともとは、ローマ帝国の時代に、領土に張り巡らされた数多くの街道が、すべてローマへとつながっていたことに由来しています。

コトバンク「すべての道はローマに通ず」から引用

お茶の場合は、標題にも書いた様にことが言えるのです。

現在では世界各地で楽しまれているお茶があります。それこそ洋の東西を問わず、イギリスで嗜まれている紅茶、日本の緑茶、中国では日本でも良く楽しまれている中国茶なら何と言っても烏龍茶ではないでしょうか。それぞれに香りも色も、製法も異なりますがいずれも同じツバキ科の植物で、そのルーツは中国にあります。中国で生まれた茶は、中国でさまざまに変化し、そして世界へ伝わり、世界中に様々に変化しながら広がり、それぞれの地域に根ざし独自の茶文化を形成することになったのです。

それゆえ、すべてのお茶は中国茶に通ず、と言ってしまっても良いでしょう。

はじめは薬として飲用されていた

茶は、時代ごとにその使われ方、飲まれ方やそれにまつわる文化も様々で、古代には薬として始まり食すものとして存在していました。お茶の始まりは紀元前3400年頃です。唐の時代に陸羽が著した世界初のお茶の専門書「茶経」には、漢方薬の基礎築いたとされる神農が、野草や樹木の実や葉を食べて薬になるかどうかを調べた際、毒に当たった時は「お茶の葉で毒消しをした」との記述が残っています。

そうのお茶も、いつの間にか喫茶と言う形態をとるようになりました。漢・三国時代を経て普の時代になると、お茶はそれまでの「薬用」としての扱いからいつの間にか「嗜好品」へ変わり、ここにお茶を飲む習慣が始まりました。当時はお茶の生産量は少量であったため、貴族階級が嗜む高級品でした。さらに、皇帝にも愛されたことから献上茶として「高級な産品」としての地位を確立しました。

その後唐、宋、明の時代へと時代が下るにつれお茶を飲む習慣は中国全土へ拡がり、そして一般庶民にも普及して行きました。

そうした飲用の歴史だけでなく、国の財源を確保するための茶税や、北方民族の支配のための茶馬貿易といった政治的ツールとしても用いられました。

上記した大きな時代の流れの中で、お茶の形状・使用法もまた大きく変わっていきました。それまではお茶の葉を蒸した後、臼でついて餅状に固めた固形茶「団茶(餅茶)」がほとんどでした。それを必要な時に砕いて粉末にし、お湯を注いで飲んでいました。しかし明の皇帝は、固形茶の製造に技術と労力とがかかりすぎるとして禁止しました。その頃からお茶の葉を固めていない現在の茶葉の原型となる散茶が主流となっていきました。

一般庶民に普及し花開く茶文化

中国国内において、茶文化が最も華開き、茶葉や茶具などが現在の様なスタイルとなったのは、清の時代です。福建省で青茶の烏龍茶が登場し、香りも楽しむお茶の飲み方が広がっていきました。

店でお茶を飲むと言うスタイルは、唐の時代、長安に開設された茶店に始まったと考えられています。

その後、宋、元と時は下り、徐々に中国各地の中核都市に茶館が増えていきました。更に明、清の時代には、多くの人が出入りし、お茶や食事を摂りながら会話を楽しむ庶民の娯楽施設としての「大茶館」や、文人や特権階級が集まり、文化、芸術を熱く語り合ったり、静かにお茶を楽しむスノッブなサロンとしての「清茶館」の2つのスタイルが流行しました。

清、中華民国、中華人民共和国へと国家のあり方が移り変わるり、1966年に始まった文化大革命によって、茶家茶文化は贅沢の象徴とされ、茶館は衰退してしまいました。

やがて人々の生活が豊かになるにつれ、ここ30年ほどで、日本や台湾で育まれた茶道や茶藝を柔軟に吸収する形で、自国の伝統文化たる茶文化を見直す機運が高まり、現在では様々なスタイルの茶館が各地に出来ています。

 

如何でしたか?

今回は、上っ面をさっと撫でる程度ではありますが中国茶の歴史について「飲んで楽しむ中国茶も最初は薬だった…という話」と題して記事を書きました。

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